北ノ俣岳



薬師平から(2003年6月14日撮影)

所在地岐阜県神岡町、富山県大山町
飛越登山口 アプローチ富山市より車で2時間
登山口標高1450m
標   高2661m
標高差単純1210m 累積1360m
沿面距離9Km(片道) 18Km(往復)
登山日2003年6月29日
天 候雨後晴
同行者単独
参考コースタイム
とやま山歩き(シーエーピー)
神岡新道登山口(3時間)寺地山(1時間)避難小屋(2時間)北ノ俣岳(1時間30分)寺地山(1時間30分)神岡新道登山口
参考コースタイム
岐阜県の山(山と渓谷社)
神岡新道登山口(2時間40分)分岐点(1時間)寺地山(2時間50分)北ノ俣岳(5時間)打保
コースタイム飛越登山口(2時間20分)寺地山(40分)北の俣避難小屋(1時間15分)北ノ俣頂上(3時間10分)寺地山(2時間20分)登山口


 ヤフーの天気予報では晴。神岡地方のピンポイント予報でも降水確率0%。朝4時に起きてみると雨が降っている。改めて天気予報を見るが、午前1時発表の予報でも降水確率は0%の晴。天気予報を信用して、八尾を4時30分に出発した。
 大沢野を過ぎた辺りから道路は乾いている。流石ピンポイント予報だと感心する。神岡を過ぎて山之村に入り、飛越登山口に近づくにつれ様子がおかしくなる。霧雨が降っていて、道路も濡れている。空も真っ暗だ。悩んでもしょうがない。ここまで来た以上、何もせずに帰るわけにはいかない。身支度を終え、6時25分、登山口にとりつく。


登山口の標識
 

寺地山頂上
 
 細かい霧雨なので、雨具はつけずに歩く。そのうち髪の毛も顔も濡れてくる。合羽の上着だけをリュックの上からはおり、ジッパーは止めずに歩く。ズボンも濡れ出すので合羽のズボンも履いた。
 この頃から本格的に雨が降り出す。天気予報を信じてひたすら歩く。雨のせいだけでなく、この登山道のぬかるんだ道は歩きにくい。堅い部分を探しながら歩くが、時々足首まで潜る事がある。
 二人分の足跡があるが登山口には車が2台いたから、単独の登山者が2組なのだろう。7時2分、くま洞峠(1984m)通過。そして7時50分、神岡新道との分岐点(1842m)に到着。一口あんパン2個をポカリスエットで流し込む。


主三角点とは?
 

北ノ俣避難小屋
 
 8時43分、寺地山(1996m)に到着。雨がうっとうしくて、そのまま通過。雨のせいで花の写真も撮れない。きれいだったので水芭蕉の写真だけは撮った。やれやれ峠という所からだらだらと下り、樹林帯を抜け出す。視界は20mほどしかないが草原地帯のようだ。新しい木道の上を歩く。
 9時24分、北ノ俣避難小屋の標識に出る。ここまで来て通り過ごすわけにはいかない。ガスがかかっていて見えないが行ってみる。木道を歩くとすぐだった。標識から40m程だろうか。
 そこには先行していた2人がいた。挨拶をすませると女性の方が慌てて「私たち別々なんです」と言ったのは可笑しかった。


避難小屋の内部
 

急登を登り切った所にある標識
この先が北ノ俣岳と太郎平の分岐点

 ちょうど出発する所だった。雨に濡れていて休む気もしないのでそのままいっしょに出る。後からついていったがすぐに道を空けてくれた。先を急ぐと2人はすぐに後方ガスの中に見えなくなった。
 木道がとぎれ、普通の登山道を歩く。降雨時には沢になるようで、岩が出たりしていて歩きにくい。道はハイマツの中に入り迷ったかと思ったが赤い布を見つけ安心する。
 後方から1人の男が追いかけてくる。距離にして50m程だが目と目が合う。こちらのピッチも少し上がる。本人はそう思っていないのだが仲間に言わせると負けず嫌いな性格のようだ。ちょっときつかったが、この距離は登り切るまで詰まらなかった。


太郎平と北ノ俣岳の分岐点
 

最初に登ったときの北ノ俣岳頂上
雨と風が強く、裏側からしか撮れませんでした

 少し下った雪渓の中に分岐点の標識が見えた。右にコースを変え、雪渓の上を歩くと夏道が見える。300m程だらだらと登った所が頂上だった。10時45分だった。
 風が強くて濡れた体が寒い。晴れると思っていたのでTシャツ1枚しか着ていない。その上は薄いゴアテックスの雨具だけだ。薄手のセーターか長袖のシャツを持ってくるべきだった。こんな事は山行きの常識なのにうっかりしていた。もっと気温が低ければうっかりではすまない。今回の反省点として肝に銘じる。
 頂上でいっしょになった高岡から来たと言う男性はすぐに降りていった。やはり天気予報に騙されたと言っていた。悔しいのでビールを飲みながら待つ事にする。頂上から少し降りた風の弱いハイマツの陰に陣取る。
 しばらくすると先ほどの女性が上がってきた。頂上まで往復した後、いっしょに休憩する。その後、男性が現れる。皆、ガスの中からぬーっと現れるのでびっくりする。


Tシャツと薄っぺらな雨具だけでした
途中でちょっと危ないかなとも思いました

大野郡久々野町の川上さんと神岡の結城さん
 

 雨の中、その場で宴会が始まる。ビールを飲み、つまみを交換しあう。男性は高山出身で今は岐阜の方へ単身赴任をしているとの事。土日に帰っては山登り三昧のようだ。春の連休中にはテントを担いで槍ヶ岳に行ってきたそうだ。
 女性は神岡町出身で今も神岡在住のれっきとした地元登山者。歩き方がしっかりしていると思ったら、以前、双六小屋にいたそうだ。2人とも天気予報に騙されたと言っていた。12時まで、天候の回復を待つ事で意見が一致する。この意見の一致が、この後いっしょに降りる事の暗黙の了解でもあった。
 12時少し前、太陽が顔を出し、周りの視界が開けてくる。カメラだけ持って慌てて頂上に走る。だが喜びもつかぬま、ガスが広がり始める。それでも何枚か写真を撮りあい、送る約束などする。
 男性の方はホームページを持っているというのでそちらに送る事にする。青空が出て周りも少しだけ見えたのであきらめもつき12時5分、頂上を後にする。


晴れた帰り道での避難小屋の標識
 

北ノ俣岳の裾野の奥に薬師岳が見える
 
 雨は降ったりやんだりだが徐々によくなっていくようだった。ゆっくり下ったので花の写真を撮りながら降りる。ツガザクラ、アオノツガザクラ、イワナシ、ヒメイチゲ、ミヤマダイコンソウなどが今年初めての花だった。
 13時50分、避難小屋に寄ってトイレ休憩と水の補給をする。ここのトイレは両横と天井にだけベニヤ板が貼ってあり、後ろの扉はなく、目の前には雪渓と竹藪が広がる。踏み板の間に丸い穴が空いているだけで、その穴の下は小さな川のようだ。
 避難小屋には水洗トイレがあると言っていたのはこのことだったのだろう。開放的という言葉だけでは分かってもらえないほど開けっぴろげだ。竹藪から熊が覗いているようで、女性には勇気がいるトイレだろう。


北ノ俣岳とその右奥に黒部五郎岳
 

北ノ俣岳へ続く木道
 
 14時、避難小屋を出発。木道を歩いているうちに雨が上がる。青空も広がり、薬師岳、黒部五郎岳、笠ヶ岳などが見え出す。歩いてきた北ノ俣岳の登山道を振り返り、3人共それなりに納得し合う。
 樹林帯に入ってから、降りているのか登っているのか分からない道を歩く。標高差で100m、距離にして600m程の登りを終えた所が寺地山である。15時10分だった。ここから先も湿地帯が多く、次回は長靴を持ってこようかと思うほどであった。


地唐と遠くに見えるのは何処でしょう?
 

水芭蕉
 
 16時5分、神岡新道との分岐点に出る。17時30分、登山口に到着。知らない人との山歩きは1月の双子山以来だった。山では数時間いっしょに歩くだけで旧知の間柄のように思えてしまう。そして仲間と行く山行きとは違った楽しさを感じさせてくれる。これも登山の魅力の一つなのだろう。又何処かで会える事を祈りながら山之村を後にした。