薬師沢右俣そして岩井谷(敗退) |
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所在地 | 富山市大山町 | |
太郎平小屋 | 最高点標高 | 2460m |
最低点標高 | 1800m | |
標高差 | 660m 累積(+)975m 累積(−)975m | |
沿面距離 | 14.5Km | |
登山日 | 2005年8月7日 | |
天 候 | 曇り時々晴後雷雨 | |
同行者 | 荒ちゃん、洋子 | |
コースタイム |
太郎小屋(1時間10分)薬師沢右俣(3時間50分)薬師平花畑<休憩30分>(25分)薬師峠<休憩15分>(4時間)岩井谷1800m地点(6時間)太郎平小屋 合計16時間35分<休憩約1時間含む> |
薬師沢右俣 |
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朝5時、薬師谷の右又を遡行するため、黒部川へと登山道を降る。薬師谷の中俣を降ってもいいのだが、午後からの岩井谷が待っている。時間の節約だ。 中俣の右岸を登りを交えながら降り、右俣に架かる橋から入峡した。しばらく降ると中俣と右俣が合流した本流に出る。 6時10分、遡行開始である。しばらくして中俣と右俣の合流点に出、右の沢を選ぶ。 |
登山道を下り薬師沢左俣の橋から入峡 |
少し降って本流に合流し遡行開始 |
薬師谷の右俣は最後は薬師岳に向かって突き上げている急な谷で雪渓がいつまでも残っているという谷である。 水量は昨日の真川と同じぐらいだが両岸が迫っているので、いきなり楽しめる。右岸、左岸と選びながら行くと前方が霞んでいる。情報通り雪渓が残っているようだ。 |
水量は真川と同じぐらいだが川幅が狭い |
徐々に両岸が迫ってくる |
この日は早々にデジカメのバッテリーが上がってしまい、携帯電話での撮影となっている。操作性もレスポンスも悪く、多くは撮れなかった。 実は、富士フィルムのFinePix450を栂池自然園で落として液晶を傷つけてしまい、新たに防水のPENTAX Optio WPを買った。その予備バッテリーを注文していたのだが今回には間に合わなかったのだ。 |
滑滝の上部に雪渓があるらしく靄っている |
情報通り雪渓が現れた |
志水哲也氏の「黒部へ」の薬師谷右俣では雪渓が延々と続いているように書かれているが、遡行日が7月20日である。 我々が遡行しているのは8月7日。雪渓はいたる所で切れていた。切れている雪渓を高巻くのに、お助け紐では間に合わずザイルを出す。 ザイルを出し、ビレイを取り、全員登り、ザイルをしまう。そんなことだけでも結構時間を食う。そんな事も午後の行程に支障をきたす一因となったようだ。(後述) |
雪渓所々で切れているので上り下りが難しい |
まだ余裕を見せている洋子 |
時間的にも余裕がなく、薬師岳小屋に向かわず、薬師平に抜けることにする。両岸が崩れ落ちそうな急な枯れ沢を登り、薬師平南側鞍部に出た。 早い昼食を取っていると遭難でもあったのか県警のヘリコプターがひっきりなしに頭上を飛んでいた。 それに向かって手を振っている洋子にはびっくりした。(ヘリコプターに向かって手を振るのは救助依頼だと言うことをよく言って聞かせました。ましてや相手は県警のヘリである。登山道でもないところで手を振っている登山者を見て彼らもびっくりしただろう(^_^;) |
最後まで詰めずに薬師平へと抜ける |
右俣は涸れ沢となって避難小屋まで延びていた |
10時35分、薬師峠に向かう。小さな沢を降って薬師峠へ登り返す案や、薬師峠へトラバース気味に藪こぎする案もあったが、いったん薬師平へ登って登山道を下ることにした。 薬師平下のお花畑が素晴らしい。ちょっと登山道を離れただけなのに、一面にチングルマとハクサンイチゲが咲いていた。その中に所々に咲いているコバイケイソウがお花畑にアクセントを与えている。白一色というのも潔くていい。 |
薬師平鞍部のお花畑 |
白い花だけだったのが残念 |
登山道に合流して薬師峠に降る。初めて歩く道だ。そう言えばこのコースは雪渓のある時期にしか来たことがない。途中で湧いていた清水が冷たくて美味しかった。 11時20分、薬師峠に到着する。 |
岩井谷(敗退) |
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11時38分、予定より遅れて薬師峠を出発。岩井谷を降り、途中で左からの沢を登り返して登山道の三角点近くに出る計画だ。 涸れ沢を降っていく。右からの水のある沢に合流していることに気がつかなかった。そんな小さな不注意が後で沢を間違える原因となった。勿論、登り返す事があるかもしれないなどとは思ってもいなかった。 この沢は途中でいったん涸れて伏流水となっている。降って行くにつれ水量が増えてくる。1時間ほど降ったところで左からの大きな沢と合流する。太郎小屋近くから流れてきている沢のようだ。 合流点はまだまだ先だ。小休止の後先を急ぐ。 |
薬師峠で小休止後岩井谷に入峡(11時35分) |
徐々に左右からの水が集まってくる |
さらに1時間ほど降ると右からの沢に出合う。川幅は変わらないのに水量が倍になった。沢に転がる石も大きくなってきて滝も大きくなってくる。 時々ジャンプしたり、淵に飛び込んだりして降る。(こういう所は戻るときに苦労した) それでも降りられないところは高巻く。 だが登りの高巻きと違って降りの高巻きは下降点が難しい。安易に降りていくと降りられない所に出てしまう。かといってトラバースし過ぎると沢との距離が開いてしまう。見極めが難しい。 降り初めて3時間、沢が難しくなってきた分、スピードが落ちてきた。空も暗くなってきて文字通り、雲行きが怪しい。 三角点から流れている沢の合流点まで4時間と見ていた計画がどうも難しくなってきた。5時間でもどうかという状況だ。 両側から垂直に近い角度で落ち込んできている岩壁は楽に100m以上あり、さらに下側が見えない。高巻きは不可。 懸垂下降以外、手段がなくなってしまった。だが懸垂下降をしてザイルをはずしてしまうと言う事は退路を断つと言う事だ。 50m程先に両側が切り立った狭い峡谷に落ち込んでいく滝が見える。そこまでは懸垂下降を繰り返せば行けそうに思える。だがそこから先が全く未知。 30mザイル2本では降りられない高さかもしれない。あんな狭ければ下はゴルジュ帯で滝壺しかないかもしれない。ザイルからエイト環をはずした瞬間に滝壺に飲み込まれるかゴルジュに流されるか。 時間は15時半。戻るには遅すぎる時間だ。何とかして降れれば今日中に帰れるかもしれない。だが雨も降り出し、雷がゴロゴロ言い出した現状では危険が多すぎる。 進退窮まった谷底で鉄砲水が来ないことを祈っているような状況には陥りたくない。 辛い決断だったが3人の意見は一致した。答えは「戻ろう」だった。辛くても、時間がかかっても、がんばれば太郎平小屋に戻れる。谷底で一晩中祈るような事はしたくない。 決断した瞬間、雨脚が強くなり、頭上で雷が鳴りだした。沢で雨具を着る事があるのかどうか知らないが上だけ身につけた。 雨が跳ね返って水底が見えにくく歩きにくい。水が濁り出せばもっと見にくくなるだろう。雨、雷、鉄砲水の恐れ、疲れ、最悪とは言わないが状況はよくない。 |
細い滑滝もあり |
本日はカメラの電池が切れ、デジカメで撮影 |
降りてきたコースを覚えていたのが意外だった。登り返すかもしれないと言う気持ちがあったのかもしれない。 飛び降りたところは肩がかりで登って、お助け紐で引っ張る。高巻きの藪こぎは辛いが降りるときよりも危険は少ない。 空が明るくなってきて雨がやんだとき、助かったことを確信した。あとは時間をかけてもいいから、暗くなってもいいから太郎平小屋を目指すだけだ。 残る心配は家族が心配して騒ぎが大きくなることだけだった。9時過ぎたらちょっとやばいかもしれないと思いながら歩いた。 18時近く、皆シャリバテ気味で貴重な時間を割いて軽く食事をとる。「沢に入った無謀な中高年3人が行方不明」そんな文字が頭の中をかすめる。 ヘッデンをセットして再び沢を詰める。会話が少なくなっているのは暗さのせいなのか疲れからなのか? おそらく両方だろう。 尾根の降りと同じで沢の登りは間違えやすい。暗くなってしまうとなおさらだ。ヘッデンの届く範囲は限られている。それも頭を巡らさないと全体が見えない。 もう少しというところで右への涸れ沢を見ながら左の水のある沢に入ってしまった。本流は薬師峠に向かっているという先入観念があったからだ。降るときにこの水のある沢に合流していることを気づかずに行ってしまったことにも一因がある。 その沢には黒いビニールホースが走っていて薬師峠に向かっていることが間違いないように思えた。だが狭まってきた沢に見覚えがない。暗くても解る。こんな沢は降っていない。もう少しと言うところで沢を間違えたようだ。 ここで荒ちゃんのGPSが威力を発揮する。リュックから出したGPSは電池が切れていた。電池を入れ替えて少し歩いてから確認すると向かっているのは薬師岳の方向だった。 峠から薬師岳に向かっている登山道と平行して歩いている。登山道に向けての藪こぎも考えられたが見覚えのある地点まで降ることにする。それが一番確実だ。 しばらく降ると先ほどの右に折れいている涸れ沢に出合った。GPSはここで降った道と一致していた。登ること数分で工事中の小さなバックホーンが目に入ってきた。バックホーンを見てこんなに嬉しい気持ちになったのは初めてだった。多分工事現場の重機を見て嬉しい気持ちになることは今後もないだろう。 |
高巻きも難しくなってくる |
どこから来るのか大きな岩が行く手を遮る |
薬師峠にたどり着いてから、1人先行して太郎平小屋に連絡に走る。下界で騒ぎになっていないことを祈りながら木道を急いだ。 だが焦って木道で滑って転んで怪我をしてもいけない。息せききって入るのもまずい。やはり余裕を持って「滝に阻まれて引き返したのだが、ちょっと遅くなってしまった」ぐらいに言いたい。 薬師峠から太郎平小屋までが意外と長かった。すぐに小屋の明かりが見えると思っていたのになかなか見えず、又しても道を間違えたのかと思ったほどだった。よく考えれば間違いようのない尾根なのに自信がなくなっていたようだ。 小屋の明かりが見えたときは流石にホッとした。鍵がかかっていないことを祈って戸を開ける。戸が開いた。すぐ前の受付のカウンターに行く。戸を開けた音とヘッドランプの光でカーテンが開けられて窓が開いた。顔を出したのは小屋の主人の五十嶋さんだった。 「今日、岩井谷を降った荒井のグループの者です、滝に阻まれて戻ってきました。何か連絡は入っていませんか?」 騒ぎにはなっていないようだった。携帯は少し先に降りないと繋がらないという。10円玉を何枚か借りて公衆電話から家に電話を入れる。山の神は有峰登山口に向かっているという。続いて荒ちゃんの家に電話を入れる。話し中だった。切った直後に電話が入った。県警からだった。五十嶋さんが「その方達ならここにいます」と言ってくれた。 この日も乾燥室まで使っている満室状態だったので診療室に泊めてもらった。畳1枚に1人という贅沢さだ。差し入れの缶ビールとカップラーメンが美味しかった。 明日の出社には間に合わない。それを気にしてこのまま降るかと言ってくれた2人の気持ちが嬉しかった。体力は限界に近かったはずなのに... 結局、翌日は1時間半遅れの10時出社だった。皆も慣れてしまったのか、あきらめてしまったのか何も言わなかった。 反 省. 沢山あるが、一つだけあげれば「未知の沢は降ってはいけない」である。 |