槍ヶ岳/北鎌尾根



大天井ヒュッテ西側の展望台より眺めた槍と北鎌尾根(2005年9月10日撮影)

所在地岐阜県飛騨市、長野県大町市、安曇村
貧乏沢 アプローチ中房温泉から燕山荘経由で
大天井ヒュッテ2660m
槍ヶ岳山荘3070m
標高差累積(+)1500m 累積(−)1090m
沿面距離7.7Km
登山日2005年9月11日
天 候
同行者山岸、長勢、岸、中島
コースタイム 大天井ヒュッテ(15分)貧乏沢コル(1時間30分)天上沢(13分)北鎌沢出合<休憩10分>(1時間40分)北鎌沢コル<休憩10分>(2時間)独標(2時間30分)槍ヶ岳頂上
 合計8時間25分<休憩30分含む>


 朝4時頃目をさます。ヘッドランプで身支度を終え、出発予定の5時を待つ。まだ降ってはいないが天気予報は雨。途中で食べる予定の弁当を小屋の食堂で食べた
 5時近くになって雨が降ってくる。雨具を着てリュックを担ぎ、外で待つが誰も出てこない。気持ちが北鎌から東鎌に軟化しているようだった。
 不安な気持ちのまま北鎌に向かっても危ないだけだ。東鎌(表銀座)にコースを変えようとしたとき、5人組のパーティーが出てきて北鎌に行くという。その瞬間、こちらの5人パーティーの行き先も北鎌に決まった。


貧乏沢のガレ場を降る
 

中間地点で右からの滝と合流
 
 5時20分、10人のグループとなって、大天井ヒュッテを後にする。15分ほどで貧乏沢のコルに着く。灌木に木の看板がぶら下がっていた。
 看板にしたがって右側に2m程上がり、灌木帯の踏み跡を降る。しばらく歩くと滑りやすいガラ場に変わる。
 標高で300m程降ると右から滝が現れる。この落合が貧乏沢のほぼ中間点である。このあたりから沢幅は少し広くなり、傾斜も緩くなってくる。
 難しいところは左岸側に踏み跡があるのでそちらを辿る。踏み跡はしっかりしていて登山道のようにさえ見える。
 天井沢に降り立つ手前で女性二人組のパーティーに出合った。天井沢でテントを張ったのだが雨なので北鎌をあきらめて引き返すと言っていた。もったいない。


右の谷が北鎌沢右股で左が左俣
 

このあたりから北鎌沢に入る
 
 7時4分、天上沢に降り立った。どこでも徒渉出来そうだが、とりあえず右岸を歩く。無理に渡らなくても北鎌沢出合付近は伏流になっている。
 左岸側の最初に出合う沢が北鎌沢なので間違えることはない。小休止を入れエネルギーを補給する。北鎌沢の取り付きはなだらかだが徐々に角度を上げて行く。
 200m程登ったところが左俣と右股の出合である。真っ直ぐに伸びているのが右股で左に折れているのが左俣だ。左俣の方が大きいが、ここは右俣を選ぶ。


取り着きから最後まで急なガラ場を行く。200m
程で真っ直ぐの右俣に入りその先も右を選ぶ

北鎌沢右俣コルはテントが一張り出来る
左から山岸、岸、中嶋、長勢

 左俣と右股の分岐で水分補給したのだが、雨のせいで右股もかなり上まで水流があった。高巻くような所もなく、沢通しを行く。
 子供の頃、サワガニを捕って遊んだ沢もこんなようなものだった。この沢にもいるのだろうか? 途中で狭い角度で二叉になっているが、ここも右を選ぶ。
 コルが望めるところでさらに二つに分かれている。ここも右を選びコルに向かう。9時6分、北鎌沢右股コルに到着。
 到着と同時に女性二人のパーティーがコルを出て行った。コルは一張りか二張り出来るテン場になっている。そのせいかコルの裏側にゴミが沢山捨てられていた。


北鎌沢右俣コルにあるレリーフ
 

北鎌沢左俣コルまで藪の急登が続く
 
 右俣コルからはアップダウンを繰り返しながらも灌木帯の急騰が続く。踏み跡はしっかりしていてほとんど登山道のようだ。
 コルから先に出発した二人組の女性パーティーを追い越す。それにしても中高年の女性パワーはすごい。テントを担いでの北鎌尾根である。
 振り返るとP5、P4...と北鎌尾根のピークが連なっている。いつの日か湯俣からあの尾根を辿る事があるかもしれない、と、ふと思った。


振り返るとP5,P4、P3が見える
 

踏み跡はしっかりしていて間違えることはない
 
 独標近くのコルで休憩している男性3人のパーティーに追いついた。このコルは北鎌沢の左俣コルのようだ。昨日牛首展望台から見た左俣にはまだ雪渓が残っていた。近道ではあるが避けた方がいいだろう。
 ここから小さなピークを越えると独標の取り付きである。直登は出来ない。直登できてもその後の懸垂下降の道具がない。右側(千丈沢側)を巻く。


北鎌沢左俣コル手前で3人パーティーに追いつく
 

遠くに見えるのは北鎌平? (長勢撮影)
 
 独標からの巻道は注意深く踏み跡を探せば分かる。狭いバンドは2本あるようだが踏み跡がしっかりした方を選ぶ。
 おまじないに8mm×10mのザイルを持ってきたがここはそんなものを全く寄せ付けない世界だった。各自の力で超えるしかない。


独標に近づく
 

独標は右側(千丈沢)から巻く
 
 絶壁であってもホールドとステップさえしっかりしていれば安全だ。一個所だけホールドがなく、足場がザレ場になっているところがあり、緊張した。
 下の写真は中嶋。ゲレンデ(ジム)に通っているだけあってバランス感覚がいい。両足を水平近くまで開いて岩を登る姿は初めて見るもので目から鱗だった。


スリリングなトラバース 
 

しっかりしたホールドがなく気持ちが悪い
 
 独標巻道の後半はそれほど難しくはない。注意力を維持できれば難なく抜けられる。最後はトラバース気味に右上に上がって尾根に出る。
 岸は1人で直登気味に独標に向かったようだがあきらめて戻ってきた。クライムダウンは難しく、見ていてヒヤヒヤした。


トラバースしてきたバンド部分を振り返る
 

絶壁だがこのあたりは見た目ほど怖くない
 
 尾根に出て休憩を入れる。岸いわく「これでもう大丈夫」 今から思うと何が大丈夫だったのか意味不明である。
 距離は短いが独標の巻道より危ないと思われる岩場が何カ所も出てくる。ハーケンが打ってありスリングが残されているチチムニーも登りにくかった。
 チムニー自体は小さいがいったん足を滑らせれば楽に数百メートルは落ちてしまう。中嶋はチムニーを避け、左から華麗に巻いた。


独標を超えてほっと一休み
 

このチムニーにスリング付残置ハーケンがあった
 
 灌木もない岩稜のアップダウンが続く。大天井ヒュッテのサイトには、出来れば尾根沿いが早くて安全と書いてあった。
 それは岩が得意な人の話だろう。おまけに雨が降っていては弱気になる。ガスがかかっていてルートファインディングが難しい。このあたりは唯一の経験者、岸の記憶が頼りだった。
 北鎌平手前だと思われるコルで学生3人のパーティーに追いついた。
 彼らは急登の岩壁をあきらめ、左側(天井沢側)から巻こうとしている。見ただけで歩きたくないザラ場のトラバースだ。ここは岩稜を直登する。


危険なのは独標だけではなかった
 

巻くか直登かの判断が難しい
 
 雨脚が強くなり北鎌平は直登を避けて右側から巻くことにした。多少、標高を下げるのは仕方がない。安全を期した。
 巻きすぎたようで北鎌平を通り過ぎて稜線に出る。黄色い雨具を来た二人組のパーティーの姿を捕らえる。
 角張った石のゴーロ帯を詰めると頂上直下のなだらかなザラ場だった。そこでそのパーティーが地図を広げて迷っていた。
 目の前にチムニーがあるが登りにくそうだ。右側に巻道があるらしいが岸の記憶で左側にあるはずのチムニーを探す。すぐ横にあった。
 岸は何のためらいもなくチムニーに取り付く。後の4人も続いた。チムニーの右側の岩壁が意外にホールドが多く、簡単に登りきる。


頂上直下の右のチムニー
防水カメラもレンズに雨が当たると弱い

左のチムニーから上がった頂上直下
この10m程上が頂上

 チムニーを超えて左にトラバース気味に登ると最後の直登である。ここから数メートルを登ると祠の横にひょいと出てしまった。
 ガスのかかった頂上に人影はなく、雨が降り、風が吹いているだけだった。歓声に迎えられて頂上に立つのとは大違い。「何故山に登るのか?」などと言う哲学的な登山家とはほど遠い我々であった。
 それでも雨の中、完登出来た喜びは大きく、皆で握手しあった。記念撮影をしてもらおうと二人組を待つが登ってこない。あきらめて槍ヶ岳山荘に向かった。


頂上は風雨でノーギャラリー
 

とりあえず祠の横で記念撮影
 
 槍ヶ岳山荘で濡れたものを着替え、フロント前でくつろいでいる時に頂上手前で追い越した2人組が入ってきた。仲間がわいわいやっているうちに分かったのだが、なんと2人組のうちの1人は「山スケッチ」の真理子さんだった。
 槍平と南岳ですれ違った山岸、南岳新道でちょっとだけいっしょに歩いた岸、両名といっしょにパーティーを組んだのも不思議な縁だったが、南岳新道ですれ違っただけの真理子さんとも再会するとは「山は広いようで狭い」以上のものを感じた瞬間だった。
 夕食後にさらに貧乏沢のコルで分かれた5人組が入ってくる。中高年の女性2人と若い女性が1人。中年男性がバテてガイドが付き添って槍から降っているという。
 遅いので引き返したとばかり思っていたのだがガッツな5人組だった。この中の1人淳子さんは翌日穂高を縦走して岳沢を降り、その日の内に東京に帰ったとの事。恐れ入りました。


最後の急登手前にあったレリーフ
 

翌朝、頂上での記念撮影
左奥から山岸、岸、長勢、手前は池原、中嶋
 翌日は朝からいい天気で、2泊3日の山行きで天候に関しては2勝1敗だ。だが、その1敗が北鎌尾根だ。「雨の北鎌もなかなか体験できるものではない」などとうそぶきながらも、素直には喜べない5人であった。
 穂先に登り返して記念写真を撮る。皆の顔がいつもより自信に満ちて誇らしげに見えたのは気のせいだろうか?
 東鎌尾根を縦走して中房温泉まで戻る予定だったが北鎌尾根で完全燃焼してしまい、新穂高に降りる事にする。精神的にも肉体的にも今回はこれ以上の事は望まない。
 名残惜しさが西鎌尾根から中崎尾根コースを選ばせる。逆光に黒く浮かび上がる北鎌尾根に別れを告げて千丈乗越を降った。
 槍平小屋で小休止を入れ、新穂高温泉に降り、バスターミナルの食堂で昼食。デポしてあった車で中房温泉に戻った。
 中房温泉の有明荘で風呂に入り3日ぶりにヒゲを剃る。1人美味そうに缶ビールを飲む中嶋に「瓶(ビール)じゃないから許す」と長勢。有明荘の休憩室に満ち足りた時間が流れていた。