真川からザラ峠(Part1) |
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所在地 | 立山町 | |
千寿ケ原 | アプローチ | アルペンルートの富山側玄関口 |
登山口標高 | 475m | |
新湯地獄標高 | 1600m | |
標高差 | 単純1125m | |
沿面距離 | 16Km | |
登山日 | 2006年9月2日 | |
天 候 | 晴れ | |
同行者 | 山岸、長勢、岩城、岸 | |
コースタイム |
千寿ケ原(3時間)白岩ダム上<天涯の湯と併せて休憩47分>(45分)立山温泉跡<休憩50分>(30分)湯川谷堰堤<昼食50分>(1時間15分)新湯地獄 合計8時間<休憩2時間30分含む> |
戦国の武将、佐々成政が厳冬期に越えたというザラ峠。このロマンに満ちた峠を真川から詰めてみたいという想いはいつ頃からあったのだろうか? 10年前、20年前、いや、多分もっと前から自分でも気づかないうちに心の中でくすぶっていたようだ。 もうひとつ興味があったのは、弥陀ヶ原ホテルに勤めていた頃にカルデラ展望台から眺めた新湯地獄である。 カルデラの底に横たわる苅込池のすぐ上でいつも湯気を上げているエメラルド色のお湯をたたえた謎の池。その底には宝石が眠るという。 |
砂防事務所裏の千寿ケ原臨時駐車所に駐車 |
午前6時、立山温泉に向けて出発 |
千寿ケ原から真川を詰め、ザラ峠にいたるのがもっともまともなコースである。100年の歴史を持つ国交省直轄の砂防堰堤、中でも日本一の落差(108m)を誇る白岩砂防堰堤、江戸時代からの歴史を持ち、数々の伝説を秘めた立山温泉跡、勢いよく吹き上げる噴泉などを見ながら歩くのは想像しただけでわくわくする。 新湯地獄の温泉に浸かったあと、湯川谷を詰め、ザラ峠のガリーを登り、獅子ケ岳、鬼ケ岳、龍王岳の一般登山道を縦走してアルペンルートに合流するという贅沢な2日間である。 |
車止めの堰堤(車はこれ以上先に入れない) |
落差の大きな堰堤が続く |
この計画では立山温泉までのアプローチが問題だった。有り峰林道の折立から入るのはもっとも安全だったが面白みに欠ける。 地図を眺めていて見つけた鍬崎山の水平道からスゴ谷の出合に出るコースは、前回の偵察で使えないことが分かった。 やはり正攻法の真川を詰めるしかない。このコースは下見をしてあり、最悪林道を歩けば何とかなることを確かめてある。 |
水谷横の白岩堰堤 日本一の高さ(108m) |
堰堤の横の使われていないインクライン |
9月2日、満を持して30年来の夢を実現する。メンバーは信頼の置ける北鎌でパーティーを組んだ最強の仲間達である。 5時半に千寿ケ原の駐車場で待ち合わせる。群馬の山岸は前日入りして車中泊していた。6時、千寿ケ原を出発する。 |
一番上にある堰堤から下流を見下ろす |
堰堤の上に架かった橋の上の長勢と岸 |
真川を詰めると言っても歩くのは林道である。だが、左岸を行ったり右岸を行ったり堰堤を越えたりと飽きることはない。 下から(千寿ケ原から)の林道はカラスギ谷出合付近の堰堤で行き止まりになっている。堰堤に架けられている仮設の階段を登ると、上にも林道があり、車が沢山停まっている。 有峰林道折立から入っているとしか考えられないが、どうしてここで分断しているのか? 政治的な臭いがするので深く考えないことにしよう。 |
女湯から眺めた男湯 |
その足湯でしばらく足を癒す |
三段の堰堤が連なる鬼ヶ城の堰堤に出る。鬼ヶ城はかつて(昭和50年代)道に迷った何人ものスキーヤーを飲み込んだ谷である。 道に迷ったら登りかえせを実践できなかったのは今も昔も変わらないようだ。 左手にクズ谷、右手にサズ谷、さらに左手に砂防軌道のスイッチバックを眺めながら進む。そして目の前に現れてきたのは日本一の高さ(108m)を誇る白岩砂防堰堤だった。 |
天涯の湯と立山温泉跡の間にある噴泉 |
かなり熱い噴泉だった(あたりまえ?) |
この白岩砂防堰堤が最初の難関だと思っていた。まず左側(右岸)は岩盤が直立する絶壁で高巻さえ出来そうもない。 右側(左岸)は急登だが何とか藪こぎで上がれそうだと思っていた。だが調べるうちにインクラインがあり、その階段を上れば簡単に通過出来ることが分かった。 そのインクラインの下に立つ。インクラインは使われていないようで、夏草に覆わていた。 |
温泉跡地横にある休憩所 |
温泉跡地横にある水洗トイレ |
登り切ったところから300mほど行くと水谷出張所へと続く橋がある。これを渡ったところにきれいな露天風呂がある。 水谷で働いている人達の風呂である。以前は混浴だったのに隣接した2mほど高い場所に女風呂が出来ていた。 女風呂と言っても露天風呂に変わりはない。囲いもないのでスケスケである |
泥鰌池 向こうに見える崖の上は弥陀ヶ原 |
泥鰌池への吊り橋 |
もう一つ増えていたのは男風呂の下流側に出来ていた足湯である。登山中に靴など脱いだことなどなかったのに靴下まで脱いで足湯に浸かった。 足湯から上がり、靴ひもを締め、気を引き締め直して上流を目指す。林道はまだ工事中で、途中から旧登山道となる。 この登山道の途中に噴泉があった。ポンプで吸い上げている温泉もあるのと言うのに、高温のお湯が吹き上げたまま垂れ流しになっている。(もったいない〜) |
立山温泉跡の男風呂(多分) |
立山温泉宿の金庫だったようだ |
さらに旧道をたどると林道に出る。この林道を左に数十メートルたどってさらに左に歩道を入ると立山温泉跡に出る。 30人ぐらい入れそうな休憩所と水洗トイレがあり、テントサイトのようだ。その休憩所の横の藪の中に壊れた金庫が捨てられていた。 立山温泉で使われていた金庫なのだろう。「二重安全装置、アスベスト入り」と書かれていたのが時代時代のミスマッチというか、面白い。 40mぐらいの吊り橋を渡ると泥鰌池がある。昔に鱒が放流されていて、ここで数匹釣ったことがある。(30年前) |
いよいよ道がなくなる 遠くは獅子岳 |
大きな石と古い堰堤 |
小休止後、再び林道をたどる。林道は二つに分かれていて右は兎谷で湯川谷本流は左。さらに二つに分かれていて左は松尾谷で本流は右。 工事中のダンプがひっきりなしに走っていて邪魔にならないように気をつけるが、多分邪魔だっただろう。 松尾谷出合を過ぎてからようやく林道が終わる。踏み跡をたどり、最初の堰堤は左から高巻く。急な土手に残置ロープがあり降りにもロープがあった。 |
最初の堰堤は左から高巻きする |
水質がよくないようで藻がはえている |
沢の中にに藻が生えている。ここは普通の沢ではなく、立山火山のカルデラ内なのだ。噴泉があり、露天風呂の泉源があり、これから行く新湯地獄がある。 この地をよく知る先輩から、地熱が高いからマムシが沢山いると脅かされた事を思いだした。この谷の名前は湯川谷である。 |
遠くに浄土山、龍王岳、鬼岳が見えてくる |
湯川谷を行く岩城、長勢、岸 |
沢の規模の割に河原の石が大きい。雨が降ったときは気をつけないといけない沢のようだ。 上流から3番目の堰堤は石垣で作られていて、中央部分が破壊されている。次の堰堤は右から高巻く。 最終堰堤も右から行くが、高巻くと言うほどではなく、乗り越えるだけだ。ここまで資材を運んだはずの道路は、その痕跡もない。 |
壊れた石垣の堰堤の間を行く長勢 |
沢の規模(大きさ)の割に石が大きい |
最終堰堤から100mほど上流に新湯地獄があった。湯谷川の左岸からお湯が流れ出している。高さは約15mほどだ。 温泉につかるのもひとつの目的だったので、ここをビバーク地とする。各々、自分が寝られるスペースを探してツェルトを張った。 幅40cm、長さ1mほどのスペースでも何とかなるのがツェルトのいいところだ。 |
最後からふたつ目の堰堤は右から高巻く |
最終堰堤も右から高巻く |
さっそく新湯地獄の探検に行く。どこから取り付くか? 沢靴に履き替えて湯滝を直登した記録もあったが熱くて出来そうもない。 左側の斜面を登れば上がれそうに見える。初めのイタドリが生えている斜面の下はガラ場で歩きにくかった。浮き石を踏むとガラガラと崩れるので注意して登る。最後の急斜面にはロープが残されていた。 |
最終堰堤は高巻くと言うより、ただ登るだけ |
最終堰堤から100mほどで新湯地獄 |
登り切った平らな灌木帯を10m程行くと池の縁に出る。さらに縁を左側に15mほど回り込み、木も草も生えていない場所に出る。 地熱が高くて何も生えていないのだろう。実際、足下のあちこちから小さく湯気が上がっていた。 |
草付きを登るとロープがはってあった |
登り切って10m程の藪こぎで新湯地獄に出る |
池の直径は湯気でよく見えないが、30m〜40mぐらいありそうだ。神秘的なエメラルドグリーンの水面にはあちこちにガスが沸き上がっている。 摂氏60度と言われているお湯に手を入れてみようとするが熱くて入れられない。体感的には80度ぐらいありそうだ。 |
15mほど左の草のはえていない所へ藪漕ぎ |
新湯地獄から湯川谷へお湯があふ出している |
100年前にこの池の底から見つかったという宝石が近年(30年前)、また見つかった。オパールとの事だった。 湯に含まれている成分、湯の温度、圧力等の条件が揃って、現在もオパールが生成され続けているらしい。 |
誰かが作ったらしい小さな岩の湯船 |
これぞ究極のうたせ湯 |
幕営地に戻ってビールで乾杯! 適度に酔っぱらった後で打たせ湯を堪能する。 コッフェルでお湯を掛け合っているのがエスカレートして頭からかけ合うようになった。まるでプロ野球の祝勝会のビールかけのようだった。 |
夕食宴会の跡 |
ツェルトをはって各自就寝 |
気がつくと雨が降り出していた。慌てて湯から上がる。一番川に近かった岩城がツェルトを張り直す。最初に流されるのが自分だというのが嫌なようだ。(あたりまえか) 酔いも手伝って早々にシュラフにくるまって就寝。真夜中に川の音で目が覚めたが時間が分からない。ツェルトから顔を出して星空を眺めながらまどろんだ。 下界では見られない天の川が湯谷川の上に流れていた。 明日はザラ峠越えだ。 |
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