ブナクラ谷〜白萩山 |
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所在地 | 富山県立山町、黒部市 | |
登山口 | アプローチ | 馬場島から白萩川をたどる |
登山口標高 | 887m | |
標 高 | 2317m | |
標高差 | 単純1440m 累積(+)1470m 累積(−)150m | |
沿面距離 | 6.3Km | |
登山日 | 2007年5月4 | |
天 候 | 晴 | |
同行者 | 長勢、岸、中嶋、北川 | |
コースタイム |
ブナクラ谷出合(2時間25分)ショートカット分岐(45分)赤谷尾根<休憩25分>(1時間)赤谷山<休憩35分>(30分)白萩山(9分)コル 合計5時間45分<休憩1時間含む> |
昨年から温めていた山行きだった。残雪期の北方稜線の岩と雪のミックス壁やナイフリッジの雪稜を見てみたかった。 当初は赤谷尾根から入って赤谷山から白ハゲまで縦走し、大窓から白萩川を降る計画だった。だが今年は赤谷尾根に雪がない。登りをブナクラ谷に変更する。 メンバーは岸、中島に白萩山を狙っていた長勢が参加。さらに金沢から北川が加わる事となった。 |
![]() 朝焼けの中、馬場島へと車を走らせる |
![]() 白萩川ブナクラ谷出合 |
前日、「三華」へラーメンを食べに行ったときにマスター(この方も北川さん)にその話をすると、「金沢の北川さんなら、あの有名な○○さんじゃないか」と言う。 男性だとばかり思っていた北川は女性だった。 |
![]() ブナクラ谷取水口 |
![]() 大ブナクラ谷はデブリというより崖崩れ |
6時半、馬場島で待ち合わせる。ところが何を勘違いしたのか魚津インターまで行き、片貝川を上る。何かおかしいと気づき、一瞬パニックに陥る。 慌てて魚津インターから立山インターまで戻る。皆はもう馬場島にいるらしく電話は通じない。それでもなんとか5分遅れぐらいで馬場島に着くことが出来、ホッとした。 |
![]() 標高1000m当たりから雪が現れる |
![]() 左にブナクラ峠、右にショートカットの谷 |
車でブナクラ谷出合まで入り、車をデポ。北川はスピードに自信がないのか単独で先に入っているようだ。長勢が北川の車を覚えていた。 ブナクラ谷の橋は流されたままで仮設の小さな橋が架けられていた。大水が出たら流されそうな橋だ。 取水口の堰堤を登り、小ブナグラ谷を越えたところで大きなデブリに出会う。デブリだと思ったのは土と岩で出来た大ブナグラ谷の土砂崩れだった。 雪はまったく見えない。中には人の大きさぐらいの岩もある。谷の上部に崩壊跡が見えた。 |
![]() ショートカットの沢を登り切って猫又山を望む |
![]() 赤谷山から見る剱は2年ぶり |
大ブナグラ谷出合の標高が約1000mである。ここからしばらくはブナクラ谷の右岸を高巻いたり谷に降りたりしながら進む。 標高1070mあたりで休憩中の女性に追いついた。北川だった。面識があったのは長勢だけだったが誰もそんな心配はしていない。皆、会えば分かると思っていた。ここからパーティーは5人となる。 標高1300mあたりから快適な雪上散歩となる。遠くにブナクラ峠とその右にショートカットに使う沢が見える。 |
![]() |
標高1470mでブナクラ谷から別れて右の沢に入る。このショートカットは積雪期限定でブナクラ乗越を経由するより近くて早い。 斜度はほぼ均等で一直線である。この沢を1835mの稜線まで、一気に43分で登り切った。稜線は風が強い。シャツを1枚重ね着する。 夏道は赤谷山まで稜線上を走っているが、残雪期は小黒部側(左側)の雪渓をややトラバース気味に登る。 今回も岸に引っ張られてオーバーペース気味なのでこのあたりは辛かった。 |
![]() 白萩山、赤ハゲ、白ハゲ、池ノ平山と続く |
![]() 赤谷山を駆け下りる |
11時40分、赤谷の頂上に出る。青空をバックにした剱岳は最高のご褒美だ。広い赤谷山の雪面に、少しずつ頭を持ち上げてくる様がいい。 剱岳の左に池ノ平山の山頂が剱岳よりも鋭く天を突いている。池ノ平山という名前がついているのに、何処にも平らな部分がない。いつも不思議に思う。 |
![]() 白萩山への登りで赤谷を振り返る |
![]() 白萩山から望む赤ハゲと白ハゲ |
岸が出発前に仕入れた情報では、明日は天候がくずれるらしい。吹雪の可能性さえあると言う。撤退もあり得るのなら深入りしない方がいい。 予定通り大窓から白萩川を降るなら行けるところまで行っておいた方が2日目が楽だ。時間はまだ12時前。判断が難しい。 結局、安全に戻れると思える所まで行くことにした。赤谷山を降り、白萩山に登る。これで長勢が狙っていた「越中の百山」の1つの頂を踏むことが出来た。 そこからの急降を降って赤ハゲとの間のコルをテン場とした。 |
![]() さらに近くなった剱岳 |
![]() 白萩山を駆け下りる |
12時50分から幕営の準備に入る。時間が早いようでも翌日の天候が読めないので、これ以上先には進めない。吹雪かれても撤退できる最終地点と判断した。 テントを張ってブロックを積んだ跡地がある。ここを拡幅して、さらにスコップで2段掘り下げて、ブロックも積み増した。この中に3張りのテントを設営する。 |
![]() コルにてテント村を設営 |
![]() 何故アイゼンをつるのか聞き忘れた(中島撮影) |
これだけ時間があるとお酒の量が心配になる。ビールは重さとのトレードで、池原2本、長勢3本、北川3+α本。中島はいつも日本酒である。岸は飲まない。 コストパフォーマンス(対重量アルコール度)が一番高いのがウイスキーで、テン泊に向いている。一番大きなテントに集まって宴会が始まる。 宴会では北川に要注意との事だったがこちらが先に寝てしまう。暗くなったのを覚えていなかった。 |
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