赤ハゲ〜赤谷山〜ブナクラ谷 |
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所在地 | 富山県立山町、黒部市 | |
登山口 | アプローチ | 馬場島から白萩川をたどる |
登山口標高 | 887m | |
標 高 | 2317m | |
標高差 | 単純1440m 累積(+)280m 累積(−)1600m | |
沿面距離 | 7.4Km | |
登山日 | 2007年5月5日 | |
天 候 | 晴 | |
同行者 | 長勢、岸、中嶋、北川 | |
コースタイム |
コル(25分)赤ハゲ<停滞15分>(10分)白ハゲ稜線(10分)赤ハゲ<休憩10>(30分)白萩山(25分)赤谷山<休憩10分>(分)赤谷尾根<訓練45分><途中休憩15分>(1時間45分)ブナクラ谷出合 合計5時間30分<休憩2時間15分含む> |
風がテントを叩く音で目が覚めた。時計を見ると夜中の10時。明日のルートを思い浮かべる。 地図上で危ないと思われた場所は3カ所あった。赤ハゲから白ハゲの細い稜線、白ハゲから大窓への急降、それに白萩川の下流だ。 白萩川は雪渓が深く切れて込んでいたら高巻くしかない。そして高巻けなかったら戻るしかない。そうなったらもう一泊必要だ。 そんなことを考えながら朝を待つ。2時頃から風が弱くなり、少し気が楽になった。 |
一晩中吹き荒れていた風もおさまり青空が |
6時25分出発 |
田部井淳子さんは「山を楽しむ」(岩波新書)の中で、エベレストアタックの前夜、一睡も出来なかったと書いている。だが「冬の谷川岳の岩壁で立ったまま一晩過ごしたこともある。それに比べれば横になっているだけも楽なもんだ、と思った」とあった。 そんなことを思い出すと、眠れないことも気にならない。 明け方、いつの間にかうとうとしたようで夢を見た。テントの中で新聞を読んでいる。「剱岳で遭難続発」と書いてある。だが頭の片隅で「こんな所に新聞が届くわけがない。夢だ。」とも思っていた。 |
赤ハゲに向かって登る |
赤ハゲから見た白ハゲへの雪陵と早月尾根 |
4時50分、起床。朝食を済ませ、テントをたたむ。1000m程しかなかった視界が広がり、青空が見えてくる。早月尾根から徐々に頂上付近が見えてきた。 6時25分、リュックを担いで赤ハゲに向かう。赤ハゲの頂上はテントを張るには充分な広さがあった。そしてコルよりも風邪が弱かったかもしれない。 広いと言ってもまわりは全て落ち込んでいるので女性とのパーティーではトイレの場所に苦労したかもしれない。 |
赤ハゲではしゃぐ北川 |
同じく中嶋 |
赤ハゲからが最初の難関である。昨日の夕方、小黒部から直接赤ハゲに上がってきたパーティーが、この稜線を渡るのにスタカットでビレイを取っていた。 全員、ハーネスは持ち込んでいるし、30mザイルもある。だがテンションが低すぎる。モチベーションは下がりっぱなしだ。とりあえず、岸と白萩川の偵察に向かう。 ナイフリッジの西仙人谷側雪渓をトラバースする。昨日の二人組のパーティーのザイル跡が残っていた。 |
次の小ピークに見えた雪陵は小黒部側に張り出した雪庇で、岩稜との間に深い空洞が出来ている。今にも崩れ落ちそうな格好をしている。 まだ朝早く雪がしまっているので落ちるとは思わなかったが、二人同時に乗る気にはなれなかった。 問題の白萩川は落石で茶色くなっている。池ノ谷の出合付近は雪渓が切れているように見える。白ハゲまで行って大窓への降りを見るまでもなく撤退を決めた。 |
白萩川の雪渓はズタズタで落石も多い |
雪庇の下は空洞で2人同時では乗れなかった |
来年の雪辱を誓う。北川はその前の無雪期に白萩川から逆コースで登ろうと提案してきた。彼女はそのコースを経験している。面白そうだ。 赤ハゲからの帰りに危険なところはない。白萩山を登り返して降り、赤谷山を登り返す。8時55分、剱岳に別れを告げて赤谷山を降った。 |
雪陵から白萩川を偵察する(中島撮影) |
赤ハゲへ戻る途中の雪陵(長勢撮影) |
昨日赤谷山を予定していた盛安さん達とは会えなかった。ブナクラ峠で追い越したのかもしれない。会えなかったのは残念だった。 後日、分かったのだが、出発が我々より遅かったのだった。こちらは盛安、大猫、嶋田、荒象と訳の分からない(と思うのは私だけか?)パーティーだった。 |
白萩山と赤谷山の登り返しが待っている |
白萩山から望む白ハゲと池ノ平山 |
ショートカット地点まで戻り、雪上ビレイの訓練をする。ハーネスとザイルがあり、時間もたっぷりある。 ピッケルを雪渓に打ち込んでビレイを取り滑落者を確保する訓練である。ピッケルでの滑落停止訓練もやってみたが止まれなかった。 ピックをシャフトより深く打ち込んでも腐った雪には無効で、ズルズルと落ちるばかりだった。ブレードの方でやってみても同じだった。腐った雪渓にはアイゼンが有効だった。 昔から滑落したらアイゼンでひっかけないように足を上げるように言われてきたが、最近の本では積極的にアイゼンを使うよう書いてある。その通りだと思った。 |
赤谷山からの降り |
ショートカットの沢の降り |
10時、尾根からブナクラ谷へと沢を降る。途中で富山ハイキングクラブの方2人とすれ違う。 サイトで今回の山行きの予定をアップしていたので我々のことを知っていた。「盛安さん達が昨日登っているはずだが会わなかったか?」と聞いてくる。山の世界は狭い。 |
ブナクラ谷もあと少し |
大ブナクラ谷の崖崩れ跡を行く |
北川が降りではしっかりと付いてくる。やはり降りは体力ではなく技術がものを言うようだ。 12時少し前、ブナクラ谷出合に戻る。 白萩川の取水口まで偵察に行こうと言う事になり、リュックをデポしているところへ2人組のパーティーが降りてくる。 小窓尾根から取り付いて白萩川を降ってきたと言う。白萩川の雪渓や高巻き道の事など色々教えてもらい、偵察は中止となった。 |
ブナクラ谷取水口を降りる |
ブナクラ谷の仮設橋 |
途中敗退で不完全燃焼の山行きだったが、楽しい2日間を過ごせ、無事帰る事が出来たのは何よりだった。楽しみを明日に残したと思えばいい。 剱岳周辺には他の山にない緊張感がある。面白い。年々、落ちていく体力をどこまで技術でカバーできるか分からないが、もうしばらくは剱から離れられない。 |
ブナクラ谷取水口と赤谷尾根 |
帰路、早月川を振り返る |
白萩を詰めて大窓に出たら、赤谷に戻るより、池ノ平に向かった方が面白そうだ。池ノ平小屋かテントで一泊して剱岳へと北方稜線をたどる。 今年の夏の一大イベントになりそうだ。 |
ザゼンソウ |
カタクリ |
エンレイソウ |
後日談: 岳人の6月号によると、「残雪期にブナクラ谷から登って白萩川を降ってはいけない」とあった。 午後からの白萩川は増水して危ないとのこと。撤退してよかった。 |