夫婦山



 

所在地富山市八尾町
小井波登山口 アプローチ八尾町から久婦須川に沿って南下し、桐谷に入り、村の入口近くで右折。久婦須川を渡り、小井波峠を超え、下ったところが小井波集落
登山口標高464m
標   高784m
標高差単純320m
沿面距離往復3.4Km
登山日2017年1月6日
天 候晴れ後曇り
同行者単独
参考コースタイム
富山県の山(山と渓谷社)
小井波登山口(50分)松瀬峠(30分)男峰(20分)松瀬峠(30分)小井波登山口
登り1時間20分+降り50分=歩行2時間10分
コースタイム
 
小井波駐車場(35分)松瀬峠(20分)男峰<休憩55分>(5分)松瀬峠(20分)小井波駐車場
登り55分+降り25分=歩行1時間20分
+休憩55分=合計2時間15分



 
 

 夫婦山はまだ、かけだしの頃(雪山初心者の頃)酷い目に遭った山である。まだ登山を始めていない若い頃、友人に誘われて登ったことがあった。ほとんどピクニックのようなものだった。

 登山道は分かっていると思って安易な気持ちで臨んだ。地図も磁石も持たなかった。ガスがかかっていて、視界は悪かった。とにかく登っていけば簡単に松瀬峠に出られると思っていた。
 現れたのは左側が切れ落ちた稜線だった。(今から思うと男峰から西に延びる支尾根に出たようだ)

 松瀬峠とは雰囲気が違い過ぎる。いったん戻って登り返すが急すぎて登れない。諦めて帰ろうとしたら、今度は途中にある広い盆地のようなところで方向が分からなくなってしまった。どちらに向かっても登りになっている。
 そのうち自分のトレースと交差する。方角が分からない。ガスのかかった雪原を1人で彷徨った。さんざんな雪山デビューだった。


左が男峰で右の小さいのが女峰
 

12時10分、橋を渡って豚舎の横を行く
 

 だから夫婦山は標高差もない、なんでもない山なのに心の中でちょっと特別な山になっている。元旦登山の山にしていた頃もあった。


豚舎を回り込んで林道に入る
 

林道から左側の登山道に入る
 

 豚舎を回り込んだところから林道に入る。この林道を200mほどたどると左側に登山口がある。積雪が1mを超えると看板が埋もれてしまうので分かりにくい。
 杉の伐採のためか、新しい林道があちこちに造られていた。


伐採された木が登山道を塞いでいた
 

 盆地のような所を左から巻いていく登山道に伐採された杉の木が倒れていた。完全に登山道をふさいでいる。上から巻いても下から巻いても5mほど回り道をしないといけない。伐採した人は登山道のことを全く気にしていなかったようだ。


急登を終えて松瀬峠へ
 

松瀬峠のベンチ
 

 松瀬峠への最後の100mほどの急登は積雪が多いときは手強い。胸ラッセルとなって足が前に出ない。ストックと腕で雪をかけ分け、思い切り足を上げて踏み込むが、思ったように標高を稼げない。


男峰の途中にある岩は高さ10mぐらいある
 

 峠から男峰への最初の20m程が一番の急登となる。ここは灌木などを上手に利用したほうがいい。スノーシューズとストックだけで登ろうとすると苦労する。


その岩の下を左側へ巻いていく
 

 最初の大岩(高さ10m)を左から巻いて行くと次の大岩(10m)が現れる。この裾を巻いて大岩の上に出る区間が最後の難所である。
 狭い急登で左側が切れ落ちている。トラナワがはってあるが厳冬期は雪の下になっていて見えない(使えない)。


次の大岩(約10m)は岩の裾をたどる
 

細い急登を登り切ると展望台(大岩の上)への道がある
 

 ここを抜けてしまえば頂上は近い。頂上近くで登山道が右に曲がっているので女峰が右横に見える。つい祖父岳と勘違いしてしまいそうになる。


13時5分、男峰頂上に到着
 

石の方位盤を借りてランチ・タイム
 

 コメリで買ったアルミ鍋に変えてシルクで買った鍋を持ち込んだ。持ち手が長かったので外したが、やっぱりあった方が便利そうだ。
 今日も(これでもかと言うくらい)うどん。今回は市販の味噌煮込みうどんにした。いまいちだった。


今日は新しい鍋で味噌煮込みうどん
 

シルクで買った108円の鍋は持ち手もついている
 

 南の彼方に見える戸田峰。遠い。2010年2月、戸田峰に挑戦した。小井波峠からの尾根は気が遠くなるほど遠かった。頂上に立ったのが午後2時。登山口に戻ったときは暗かった。
 もう一度頂上に立ちたい。今年、行けるだろうか?


今冬、この長い尾根をたどって戸田峰へいけるだろうか?
 

 


ウサギ
 

リス
 

リスと???
 


カモシカ
 

タヌキ? キツネ?
 

ハクビシン?
 

 


桐谷の小学校 中学校も兼ねていたのだろうか?
 

廃校はどこでも寂しさが漂っている
 

 帰りに桐谷の集落を訪れてみた。住んでいると思われる家は数件しかない。過疎化が進んでいた。かつての校舎もくちはてたままになっている。
 その中で残っている浄土真宗本願寺派「光雲寺」。桐谷を見守ってきた寺は集落の最後の一軒となり、すべてを見届けようとしているかのようだ。


光雲寺 山門の上が鐘楼になっている
 

本堂(浄土真宗本願寺派)
 

 桐谷の奥に湧水がある。名前を「ガット出の水」という。名前の由来は「ガーッと出ているから」とのこと。もっといい名前はなかったのだろうか? 巷では略して「ガット水」と呼ばれている。


桐谷集落の一番奥にある「ガット出の水」
 

名前の由来は「ガッーと出ているから」だそうです
 


「ガット出の水」の横に立っていた
 

 その奥に久婦須川ダムがある。2002年の竣工だから出来たのは15年ほど前だ。清流の流れる住み慣れた山里に突然やってきたダム。ダムが出来なければ過疎化はもっとゆるやかだったのではないか?


桐谷集落の最奥にある「久婦須川ダム」