大津山 |
---|
所在地 | 飛騨市神岡町 |
アプローチ | 国道41号線茂住 |
登山口標高 | 270m |
標高 | 845m |
標高差 | 単純575m |
沿面距離 | 9.8Km(GPSデータより) |
登山日 | 2018年3月12日 |
天 候 | 晴れ |
同行者 | 猪谷、洋平 |
コースタイム | 茂住(2時間45分)大津山<休憩他3時間15分>(2時間30分)茂住 登り2時間45分+降り2時間30分=歩行5時間15分 歩行5時間15分+休憩他3時間15分=合計8時間30分 |
大津山の先輩を大津山に案内する。昨年来の約束だ。初めは飲み会だったのが山行きに変わった。 その方が健康的だし、リーズナブルでいい。 |
41号線茂住の除雪センターに集合する。メンバーは大津山の先輩である猪谷(敬称略)と茂住出身の洋平。 |
猪谷は同窓生(大津山の)を誘って今夏に大津山に登る計画を立てている。今回はその下見でもある。20人ほど集まるらしい。 |
まずは旧道を使って登る事にした。同窓会もそちらを使って登る予定のようだ。 茂住の標高270m。9時半スタート。 |
車道と旧トロッコが交差するところから旧歩道に入る。よく歩いた道だ。懐かしい。 旧歩道は残っていた。若干灌木がうるさい。さらに杉林を過ぎたあたりから倒木が多くなってくる。 |
旧道は標高440mでいったん林道を横切る。そこから大津山集落の最下部720mまでの間に休憩小屋が3カ所あった。下から一ノ小屋、二ノ小屋、三ノ小屋と呼んでいた。 |
通信線(電話線)が旧道に平行して走っていた。私が大津山を離れてから電線も張られたようでコンクリートの電柱が立っている。木製とコンクリート製の電柱がそのまま残っている。電線も張られたままだ。 |
小屋は一ノ小屋が見当たらなかった。倒壊したのかもしれない。建て替えられる前の小屋は普通の板張りで床が土間だった。新しい小屋は冬季用に床が高くなっている。古い小屋しか知らない者にとっては別物である。 |
林道を横切ったあたりから雪が積もっていて旧道の様子は分からなくなった。三の小屋から旧道を離れて尾根を直登する。 この尾根は通信線の点検道になっていて、子供の頃はよく歩いたところだ。 |
中学を卒業するまで住んでいた長屋跡でランチをとった。大きかったはずの長屋だが、今見るとその跡地は小さい。ずっと下に見えていた谷も近い。 |
見える範囲で残っている社宅は2棟しかない。そのうちのひとつがすぐ下に立っていた2階建てのアパート。私が小学生だった頃に建ったアパートで比較的新しい。だから残っているのか? |
もう1棟が3軒上に立っていたアパートでこれは倒壊寸前になっている。 |
帰りは車道を歩いて帰る事にした。昔は濃飛バスが路線バスとして1日に何本か往復していた。前が飛び出たボンネットバスだった。その頃の濃飛バスのデザインは赤と白だった。 |
子供の頃、沢ガニを捕って遊んだ、一ノ谷、二ノ谷、三ノ谷、そして鉛谷を横切っていく。バス停まであったらしい。 「餅が壁」(地名)から分岐して北東へ向かうと茂住峠である。六谷山の登山口になっている。そこを降ると長棟川にぶつかって、右に曲がると長棟集落跡だ。 |
子供の頃、小さかった排砂ダムは大きくなった。残念ながらこれだけではイタイイタイ病は防げなかった。 |
林道をたどったので時間がかかってしまい、茂住に戻ったのが18時だった。 付き合ってくれた洋平さん、ありがとう。猪谷さん、同窓会頑張って下さい。 |