横岳権現 |
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所在地 | 岐阜県神岡町大多和 | |
横岳 | アプローチ | 国道41号線から跡津川へ入って大多和へ |
登山口標高 | 990m | |
標 高 | 1585m | |
標高差 | 単純595m | |
沿面距離 | 往復6Km | |
登山日 | 2020年10月31日 | |
天 候 | 晴れ時々曇り | |
同行者 | 山岸、伊藤、岩城、板東、岩月、堀岡、松本 | |
コースタイム |
駐車場所【7:40】(50分)崩谷へ降りる(2時間20分)沢分岐(1時間15分)稜線【12:05】<休憩1時間30分>【13:35】(1時間)沢出合(2時間)藪へ入る(40分)駐車場所【17:15】 登り4時間25分+降り3時間40分=歩行8時間5分 歩行8時間5分+休憩1時間30分=合計9時間35分 |
横岳権現は1勝1敗である。7年前の初登後、4年前に今回と同じようなメンバーでのぞんだが、途中の滝で滑落して敗退。個人的にはリベンジの意味もあった。 |
佐古から歩く予定だったが、大多和の原田さんがゲイトを開けてくれた。佐古からクズレ谷まで距離で4.5Km、標高差で365mもある。助かった。 (これがなかったら今回も敗退だっただろう) |
大きく崩れている谷がクズレ谷(崩谷)だ。地名(谷の名前)になるくらいだから昔から崩れていたのだろう。 |
クズレ谷を超えた最初の尾根から取り付く。大多和峠への旧道なのか、かすかに道跡がある。方向が違うので(大多和峠の方に向かっている)すぐに尾根に戻る。 |
沿面距離で650mほど入ったところでクズレ谷に降りた。テープでマーキングをする。7年前に通り過ぎてしまい、登り返したところである。 |
クズレ谷は伏流水となっているところが何カ所もある。水流がない方が歩きやすい。 |
枯れ沢かと思っているとまた水流が現れたりする。沢筋を行ったり、藪に逃げたりしながら標高を稼ぐ。 |
忘れていたが今回の山行のテーマは「キノコ狩り」だった。ナメコを発見してホッとする。ナメコは凍っていたが味には関係ないはずだ。 |
沢の終わりは2mぐらいの壁になっていた。最後の核心部。そこを登り切ると目の前にいきなり草原が広がる。 東笠山に似ている。金剛堂山や白木峰にも草原はあるが、それとは別物である。登山道のない山で出会うと別天地に迷い込んだような気がして心が震える。 |
目の前に権現池があった。横岳権現はそこから西に150mほど草原をたどったところにあった。 さらにそこから西に80mほどたどると桔梗ヶ池である。 |
赤く錆びた金属の祠と黄色いプラスティック製の祠が建っている。権現様は新しい黄色の祠に入っていた。すぐ近くに壊れた木造の祠の残骸があった。 文献には400年前に建てられた祠は半畳ほどの広さがあったとある。これは何代目の残骸か? |
日照りが続いた年は麓の集落から村人が雨乞に登ったらしい。大きな(長い)数珠を池の周りを回しながらお寺さんが祈ったとある。 日照りの年だけお祈りに登るというのも信心が足りないような気がする。(困ったときの何とか頼みみたいで) |
横岳の草原は1ヶ月前に登った東笠山と似たような雰囲気がある。沢を登り詰めた後に広がる別天地のような草原。いきなりの展開に言葉を失う。 |
今日は誰かの誕生日らしい。ハロウインが誕生日なんていう奴は性格もハロウインに違いない。(性格がハロウインとは「お祭り野郎」という意味だ) でもそんな仲間のために桔梗ヶ池までケーキを担いできてくれたメンバー(松本)に感謝。 |
降りる前に草原の東端にある小さな池塘「権現池」に寄った。その時、気づいた。雨乞をした池はこちらなのだ。名前からしてそうだ。「桔梗ヶ池」は広すぎるし、形がいびつすぎる。 |
13時35分、稜線を後にする。降りは登りより危ない。慎重に降った。古いトラナワも利用させてもらった。 |
最後は涸沢となり、勾配もなだらかになる。安堵感が広がるが気を引き締め直す。 普通の登山道でも事故は起こる。歩きやすくなったとはいえ、ここは登山道ではない。 |
登るときにテーピングしておいたところから藪に入る。もう危険なところはない。あとは日没との戦いだけだ。 ゲイトの鍵を開けてくれるために待っていてくれる原田さんも心配してくれているだろう。 |
もし次回、無雪季に登るのなら横岳権現ではなく横岳の三角点を目指す。途中から左側の沢に入れば頂上近くに出られる。藪漕ぎはたいしたことがないだろう。 |